虫飼いのつぶやき[2]
昆虫採集を終えて… デューク東郷
◆いろいろと学んだ事、感じた事及び報告


「期待していた程、虫がいなかった」

 これは採集目的地を離れ、帰途に向かう車内でいつも思っていた事である。
いろいろな資料を寄せ集め、ここなら絶対いるだろうと確信し、期待に胸はずませながら
万全の用意で臨んだ採集目的地第1号「高尾山」。ここに裏切られた時、もう東京近辺は
駄目かも知れないと本気で思った。

 クワガタ等が棲息するのには十分過ぎる程、見事な雑木林があるというのに肝心の樹液
が出ている木が一本もないではないか。それどころか十数年前は木のある所ならばどこに
でもぞろぞろいたカナブンすら1頭もいない。目に映るのは乾燥した木肌のクヌギとそれ
にたかる恐ろしく巨大なカマドウマばかりである。一体どうなってしまったんだ。本で良
く見かけるカブトムシやクワガタ、カナブンが樹液に群がっている光景はもう一生見られ
ないのではないか。仲良く昆虫達が群がっている写真は木に幾つもの標本を貼り付けてそ
れらしく写しているだけなのではないのか。…今なら、馬鹿みたいな事考えていたなあと
笑えるが、その時は本気でそう思ってしまったのである。それだけ酷い状況だったのだ。

 その後、気を取り直して以前一人で挑戦した事がある(その時は惨敗した)「S山」に
今度は元・上司隊長と2人で挑む事になった。もし、何か捕れたら悪友(元・部下)隊員
も呼んでやろうと話しながら。

 結果は満足とまではいかないが、良しだった。なんと、逃してはしまったがノコギリク
ワガタの大きめのオスが2頭、自然な姿で棲息していたのである(その時、僕がこの眼で
はっきり見たのは1頭だけであった。それぞれは離れた別の木にいた。いずれとも元・上
司隊長が発見)。それを見た瞬間、先日から消えさる事のなかった馬鹿みたいな妄想は一
気に吹き飛んだ。そして、力強い希望が湧いて来た。
「まだまだこの辺でもいけるではないか。いる所にはいるんだ、高尾がクソだっただけだ」

 結局その時捕れたのはノコギリのメス3頭だけだった。が、とにかく高尾山の時と比べ
ると結果は雲泥の差である事に違いない。その夜は、興奮してなかなか寝つけなかった。
もちろん女ではなく、クワガタの事で…。

 その後、その場所は3回程採集に行っているが(そのうち後半2回は悪友隊員も誘い3
人で行動している)、いずれの時も好結果を得ている。常に期待を裏切らない(ゴルゴの
如し)場所である。そして、今後も期待出来る我々にとっては数少ない穴場なのだ。

 しかし、この知られざる名所「S山」をもってしても、数種の甲虫達が樹液に群がって
いる感動的な光景に出くわした事がない。せいぜい1頭2頭のクワガタが樹液が出ている
んだかいないんだかの場所にぽつりぽつりと留まっているだけである(それでも十分感動
的ではあるが)。やはりこれでは満足出来ないという事で、今度は少し足を伸ばして、何
だかクワガタやカブトがうようよいそうな気配のする埼玉県比企郡武蔵嵐山町にいつもの
3人で行く事になった。

 結果をいうと、「武蔵嵐山」は我々にとって悪名高い「高尾山」以上にクソであった。
とにかくクワガタ、カブトが1頭すらいない、死の山であった(あの「高尾山」でさえノ
コギリのメスが1頭捕れたというのに…)。しかし、カマドウマはたくさんいた。又、ク
ヌギはいっぱいあったがどれも皆乾燥していて樹液が出ている木は一本もなかった。状況
は「高尾山」とあまり変わらない。

 今回はアウトドア雑誌に書いてある事を信用して、泊り込みの観察旅行へ踏み切ったの
だが、またしても惨敗してしまった。(雑誌の記事ではカブトムシ等がいっぱいいるよう
な事が書かれていた。しかも複数の雑誌で!)。しかし、本以外に何も情報元を持たない
我々にはそれを信じるよりほか道がない。何度もだまされていくうちに、いつかきっと良
い場所に巡り逢えるであろうから…。

 ところで、疑問に思うのだが、何故あれだけの本数のクヌギを目にしながら樹液の出て
いた木は数える程しかなかったのだろうか。

 理由の一つとして考えられるのは、今年、雨による降水量が極端に少なかった事である。
我々が目にしたクヌギの殆どの木肌はひどく乾燥していて生気が感じられなかった。とに
かく生きた木があったのは人家の近くのところと、ひらけた道に面していて、風通しが良
く日光の直射を受けているところだけであった様な気がする。そして、クワガタが捕れた
のもそういった場所にあった木からだけである。木がうっそうと繁って、昼でも薄暗く風
通しの悪い、いわゆる薮の中でクワガタを見た事は一度もない。もしかしたら、今年は雨
が少なかった為、普段は十分樹液がでるクヌギも生気を失い、樹液が全く出なく、カブト
ムシやクワガタの採集者にとっては最悪の年だったのではないだろうか。


 とすれば、来年の春に雨が普通に降り、クヌギ達が生気を取り戻したならば、今年全く
駄目であった「高尾山」にもカブトムシやクワガタが沢山現れるかも知れない。とにかく
真相は来年まで待たないと分からないという事だ。

 それにしても、虫屋は一体どこであれだけ大量のカブトムシやクワガタを捕って来るの
だろうか。東京生まれ、東京育ちの人間には想像もつかない。



数回に渡る採集経験から学んだ事を以下に箇条書きしてみよう。

・水不足の年はクヌギ等から殆ど樹液が出ない為、カブトムシ、クワガタの採集者にとっ
 て最悪の年となる(仮説)。

・カマドウマが多数棲息する場所にはカブトムシ、クワガタはいない(仮説)。

・薮の中であれば、どこにでもマムシがいる可能性があるので注意が必要だ。

・クワガタは危険を感じるとすぐに下に落ちるが(特にメス)、落ちた場所にしばらくと
 どまっている事が多いので、落下した場所を良く見ていれば簡単に捕まえられる。もし、
 見失ったとしてもじっくり慎重に探せば見つかる事もあるのですぐに諦めない事だ。

・万が一、スズメバチに出くわしたとしても(良くある事だが)あわててはいけない。目
 の前を飛んでいる場合は遠くに飛び去るまで動かずに待つ。待っていてもなかなか飛び
 去らない場合はゆっくりと後ずさりしながらその場を離れる。又、木に留まっている場
 合、危険は殆どない。とにかく専門家によれば、激しく動いたり(サルサを踊るとか)、
 手を乱暴に振り回して追い払ったりしない限り滅多に刺す事はないそうである。それと、
 スズメバチは黒っぽい色のものに襲いかかる習性があるので、フィールドに出るときは
 黒いもの(黒い帽子、黒い服、黒い靴、黒いリュック、黒いサングラス…など)を身に
 着けるのはやめたほうが良い。黒髪も露出したままだと危険なので、明るい色の帽子を
 かぶるか、脱色して茶髪・金髪・白髪にしよう。あと、ガングロの方は美白に!
 おっと、これは冗談です。もし、刺されてしまった場合、次のような処置をすれば良い。
 【1】患部(刺された部位)に毒針が残っていればそれを抜く(スズメバチの毒針には
 「かえし」がついていない為、毒針が残るのは稀)。【2】患部周辺を指で強くつまみ、
 毒を搾りだす。ポイズンリムーバー(毒吸引器。アウトドアショップなどで売られてい
 る)があると便利。雑菌が患部に入るおそれがあるから、口で吸い出すのはやめたほう
 が良いだろう。【3】きれいな水(なければ、お茶や紅茶でも可。オシッコやコーヒー、
 ジュース、汚れた水は駄目)で患部を洗い流す。毒を皮膚の外に押し出すように、患部
 周辺をつまみながら洗うと良い。【4】濡れたタオルなどを患部に当ててよく冷やす。
 【5】抗ヒスタミン剤もしくは副腎皮質ホルモン含有軟膏を患部に塗布する。【6】す
 ぐに近くの病院へ行き、適切な診断と治療を受ける。めまい、呼吸困難、血圧低下、耳
 鳴り、頭痛、顔面蒼白、嘔吐、発熱、腹痛、下痢、全身浮腫などのショック症状(アナ
 フィラキシー)を起こしている場合は、迷わず救急車を呼ぼう。

・クワガタが留まっている木は大抵、人家の近くか、ひらけた道に面していて、風通しが
 良く日光の直射を受けているところにある。

・木がうっそうと繁っていて、昼でも薄暗く風通しの悪い、いわゆる薮の中でクワガタを
 見た事は一度もない(ヤブ蚊に刺されるだけなので入らない方が良いと思う。マムシも
 恐いし…)。

・昆虫採集に長袖シャツ、眼鏡、目薬、虫よけ剤、かゆみ止め、トゲ抜き、明るいライト
 は欠かせない(忘れると悲惨だから絶対持っていった方が良い)。

 長袖シャツ(吸汗速乾素材のものが良い。私は『フォックスファイヤー〔Fox Fire〕』
       ブランドのシャツを愛用している)
 眼鏡(目の保護に眼鏡は不可欠。眼鏡をかけていれば、目に異物が入る率がぐ〜んと低
    下する。視力の良い方やコンタクト着用者は、度の入っていない眼鏡をかけると
    良いだろう。ゴーグルを装着するという手もあるが、それを着用して野山をうろ
    うろしていると怪しい人物、もしくはアブナイ人物だと思われたり、出くわした
    子供たちに、「あっ、あの人…透明マスクマンだ!」などと指を差され、正義の
    ヒーロと間違えられる可能性があるので眼鏡にしておいたほうが無難だろう)
 目薬(フィールドを駆け巡っていると、よく小さな昆虫や植物片が目の中に飛び込んで
    くる。そうなると…涙ドバドバ鼻水ズルズル、痛くて痛くて昆虫採集どころでは
    なくなってしまう。だから、目薬は必需品!)
 虫よけ剤(ツツガムシに効果があるものが良い)
 かゆみ止め(抗ヒスタミン剤〔軽い腫れかゆみ用〕と副腎皮質ホルモン〈ステロイド〉
       含有軟膏〔激しい腫れ痛みかゆみ用〕の2タイプ、もしくは抗ヒスタミン
       剤含有副腎皮質ホルモン軟膏を用意すると良いだろう)
 トゲ抜き用ピンセット(トゲが刺さった時、これがないと最悪!)
 明るいライト(私はナショナル製ハロゲン強力ライトおよびコードレスヘッドランプ、
        それと、ミニマグライトAAを愛用している。夜の森はまっくらクライ
        クライ!)

・採集目的地が初めて行く場所であった場合、その場所近辺に関する詳しいガイドブック
 もしくは地図がないと苦労する事が多い。

・車で出かける場合、前もって整備点検しておいた方が良い(とんでもないトラブルに出
 くわさない為に)。              

・木に登る時は必ず長袖シャツ及び手袋を着用した方が良い(そうしないと腕があざだら
 けになったり、トゲが刺さったりするし、又、運が悪いと山蟻危険節足動物の攻撃を
 受ける事もあるので)。

・狭い木洞の中にいるクワガタは、長いピンセット(渋谷の志賀昆虫普及社や医療器具販
 売店で扱っている)等を使って早めに捕らないと奥へ引っ込んでしまい、採集出来なく
 なる。そういった場合、煙幕でいぶり出したりはせず(絶対やめるべき!)、その場を
 潔く立ち去り、しばらく経ってからまた来てみよう。運が良ければ、逃げ込んでいた虫
 が木洞から出て来ている。

・柄の長い採集網は非常に役立つ(飛行している虫や、高い所に留まっている虫を楽に捕
 る事が出来る)。

・採集地が山奥にある場合、道がでこぼこしている事が多いので、底の厚い靴を履いてい
 くのが適当である。

・カブトムシ、クワガタ採集を極める為にはまず木を知る事だ。そこから全てが始まる。

・危険生物(蚊や有毒植物を含む)の被害にあった場合の対処法を身に付けておくと、い
 ざという時非常に役立つ。さらに加えて、危険生物の種類や生態を知っておくと、危険
 に遭う率がぐ〜んと低下し(知らないで毒虫を触る等の事故が少なくなる)、事故を未
 然に防ぐ事が出来る。

 …他にもいろいろあるが、きりがないのでここでやめておこう。



 ところで、何故我々元・上司採集隊の3人は昆虫採集に行くのだろうか。

 「そこに! 虫がいるからだ」←劇的に読むこと。

 そんな事は当たり前である。ここにだってゴキブリがいるが、そんなもの捕りたくもな
い。これでは答えにならない。それと、もしかしたらそこには虫がいないかも知れないの
で表現も少し変えるべきだ。では真の答えとは?

 「そこに! クワガタがいるかも知れないからだ」
 ↑さらに劇的に読むこと。

 確かにそうなのだが、これも真の答えになっていない。何故なら、そこに! ニセコルリ
クワガタやダイトウマメクワガタがいても珍しいとは思うが、全然嬉しくないからだ。さ
らに、特大オオクワガタやツシマヒラタクワガタがいたとしても、「おおっ、ラッキー!
いくらで売れるかなあ。それにしても頭でっかちでカッコウ悪いや。どこがいいんだかね
ぇ…」と金銭上の喜びくらいしか得られない。しかし(ゴゴゴゴゴゴゴ…)、もしもあの
クワガタ達がいたなら!

 遂に解き明かされる真の答えはこれだ!

 「そこに! ノコギリ・ミヤマカミキリがいるかも知れないからだ」

 しまった、間違えた。もう一度!

 「そこに! ノコギリ・ミヤマクワガタがいるかも知れないからだ」
 ↑(神々しい光が交錯するオリンポスの山頂)的に読むこと。

 そうなのだ。もし、あの見た目が凄くカッコイイ! ノコギリクワガタ(フェラーリ系)
やミヤマクワガタ(コルベット系)が目の前の木に留まっていたなら、喜びのあまり胸が
ビッグバンするかも知れない〔…少しお調子に乗ってしまった。ごめんなさい!〕。

 …とにかく、それ程までに嬉しい事なのだ。

 我々は、自然に棲息するノコギリ・ミヤマクワガタを得たいが為に昆虫採集に行くので
ある。これが解答である。しかし、何故我々がノコギリ・ミヤマクワガタをカッコイイと
思い、又、こよなく愛するのかまでは分からない。それは、好みの問題であるとしか言い
ようがない。我々には特大オオクワガタは、例えで言えば「ただでかいだけのダンプカー」
とか「頭でっかちで肥満な奴」にしか見えないが、オオクワガタ愛好家にはとてつもなく
素敵なものに映るであろうし、その逆に、我々には物凄くカッコ良く映るノコギリ・ミヤ
マクワガタも、オオクワガタ愛好家にはどこにでも棲息する「ただの甲虫」にしか見えな
いかも知れない(ただ、知っておいて欲しいのだが、我々は決してオオクワガタが嫌いな
訳ではない。特別に思い入れ出来る程の魅力を感じていないだけである)。

 …ただし、ノコギリ・ミヤマクワガタのメスが1万頭ずつ捕れたとしても(極端な例で
はあるが…)、オスが1頭も捕れなければあまり嬉しくない。
 又、いくらオスが捕れても原歯型の大顎を持った小さいものだけだったらやはりあまり
嬉しいとは思わない。

 我々が求めているものをもっと具体的に言えば、

「自然に棲息する特大級のノコギリ・ミヤマクワガタのオスで発育が良く、キズやケガが
全くないもの」

 となる(あくまで理想だが…)。したがって、採集先でその完璧な個体とばったり出会
えたならば、我々の夢は叶えられた事になる。しかし、そうなる為にはどうにかして良い
採集ポイントを見つけ出さなければならない。幸い、ノコギリクワガタの大型のオスが棲
息していたポイントは今年見つけられた。これで夢のほぼ半分は叶えられた事になるだろ
う(何故ほぼなのかと言うと、ノコギリクワガタのオスの大型個体を捕らえた時、悪友隊
員がいなかったからである。3人揃った時に捕らえたのでなければ夢が叶ったとは言えな
い)。

 となると、残すはミヤマクワガタだ。                   〔了〕

1996年8月をもって、元・上司採集隊は解散。
現在、元・上司隊長および悪友隊員との交流はない。

さらば、元・上司採集隊!


1994年9月執筆
2001年8月加筆

虫飼いのつぶやき