小品
クワタンのお話[その1] デューク東郷

  十月もそろそろ終わる頃、健一君が僕にこんな話をしてくれた。

「僕、クワタンって名前をつけたクワガタを飼っていたんだよ。あっ、それからメスタン
も一緒にね」
「ふーん、それでクワタンとメスタンって何クワガタなの?」
「両方ともノコギリだよ。クワタンがオスで、メスタンがメス。夏休みにお母さんの田舎
で捕って来たんだ。それでね、クワタンの方はすんごくでっかくって、超迫力だったよ。
触るとクワクワ怒るんだ、頭を持ち上げて。カクレンジャーなんかより、よっぽどカッコ
良かったよ」
「ん、カクレンジャーってもしかして五人組の戦士の事かい?」
「そうだよ、学校ですごく流行っているんだ。でもね、遊ぶ時に周りの子はみんなカクレ
ンジャーの合体超合金持って来てて、持ってない僕に自慢するんだ。いいだろうって…」
「それは悲しいなあ」
「うん。だから、お母さんにたのんだんだ、みんな持っているから僕にも買ってよって。
そうしたらね、お母さんは僕に聞くんだ」
「何て?」
「遊ぶ時に、みんな貸してくれるんじゃないの? って。それで僕は答えたんだ。うん、
貸してくれるよってね」
「別に仲間はずれにはされていなかったんだね」
「うん、みんなと仲が良いからね。そうしたら、お母さんはこう言うんだ。だったらいい
じゃない、健一が持っていなくてもみんなと遊べるんだから。物は必要最小限あればいい
のよ。これからの世の中はね、無駄のない生活をしていかなければならないのよ、みんな
が住んでいる地球の為にねって」
「良いお母さんを持ったね、健一君」
「そうかなあ。まあ、確かにお母さんの言っている事は正しいと思うんだけど、やっぱり
みんなが持っていて、自分が持ってないというのはすごく寂しいよね」
「それは俺にも経験があるな、確かに」
「それで寂しい顔をして部屋に戻ったら、お母さんが来て僕に言ったんだ。それじゃあ、
今度の夏休みにおじいちゃんの所に行ってカブトムシを捕りに行きましょう。ただし、一
杯捕れても、やっぱり虫も物と同じで大切にしなければならないからオスとメスを一匹ず
つ残してあとは逃してあげるのよって」
「うん、俺もその考えは賛成だよ。それで、一匹ずつ持って帰って来たのがそのクワタン
とメスタンって訳だ。でも、両方ともカブトじゃなくてクワガタなのはどうしてなんだい
?」
「聞くけど、カメラのあんちゃんはカブトとクワガタのどっちが好き?」
「俺はクワガタの方が好きだな。とくにミヤマクワガタ! あれはカッコイイよ、最高に。
それにしてもあの形が自然界に存在しているなんて、すごい不思議だよね。自然は最高の
デザイナーだって事だろうな」
「僕も同じで、カブトよりクワガタの方が好きなんだ。中でもミヤマクワガタが一番好き。
これもあんちゃんと同じだね。だから、お母さんにカブトじゃなくてクワガタがいいって
言ったんだ」
「ふふ、趣味があうな」
「それでね、夏休みに家族みんなで田舎のおじいちゃんちに行くと、そこに従兄の弘志く
んも遊びに来ていて、近くの山の大きなクヌギに、夜になるとカブトやクワガタがうよう
よいるよって教えてくれたんだ」
「それはすごい! その田舎ってどこにあるんだい」
「山梨の韮崎っていう所」
「おお、そこはオオクワガタがいっぱいいる事で有名な場所だよ。良い所に田舎を持った
ね。うらやましいや、本当に」
「ええー、そうだったんだ。知らなかった。でも、オオクワガタは一匹も捕れなかったよ」
「なかなか見つからないって言うからね。そこには何がいたんだい?」
「夜、お父さんと弘志君と三人でその山に行くと、見た事もないような大きなクヌギが何
本もあって、どの木にもいっぱい虫がとまっていたんだ。それで僕らが捕まえたのは、カ
ブトムシ、ノコギリ、ミヤマ、コクワを全部で四十匹くらい。殆どはお父さんと弘志君が
捕まえたんだけどね。あっ、忘れてた。弘志君はヒラタクワガタの中くらいの奴も一匹捕
っていたよ」
「そりゃすごいねえ、そんなにいっぱい捕れるんだ。でも、ミヤマがいたのに何でノコギ
リを選んだんだい?」
「そうなんだ。ミヤマのすんごく大きなオスも何匹か捕れたんだけど、メスがどれなのか
分からなかったんだ。お母さんとの約束でオスとメスを一匹ずつだけっていう約束だった
から諦めたんだ」
「という事は、ノコギリのメスは分かったんだ」
「うん、交尾していたからすぐに分かったよ」
「ふふふ、おまえってエッチだなあ。している最中の奴らを無理やり…」
「えっ、なんでエッチなの? 教えてよ」
「うっ、それはっ…」
「ねえねえ、何でなの」
「…………」
「ねえったら」
「…あと数年経てば分かるよ。まっ、とにかくクワタンとメスタンは最初から恋人同志だ
ったという事だね」
「…まあいいや。家に帰ったらお母さんに聞くから」
「聞かない方が良いと思うけどなあ、俺は…」
「何で?」
「…………」
「うん、じゃあ…あんちゃんの言う通り数年間待つ事にするよ」
「そうか、そうか」
「…………」
「…ところでさあ」
「なーに?」
「クワタン達はもう死んでしまったんだよね」
「…うん」                               〔続く〕

【次回予告】多分、不評! クワタンのお話[その2]
『死にかけてたクワタンを手にとって、指でご飯あげるとね…「ハーイ、まだ僕は生きて
ますよ〜」って、後ろ脚の先っちょのチョキになってるところを開いたり閉じたりするん
だ、ゆっくりと…』
(掲載未定)

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