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缶コーヒー短篇小説(戯文)
マックスなコーヒー
デューク東郷

 7月の蒸し暑いある晩。

 マックスコーヒーがとてつもなく甘いという事を知らない30過ぎの男は、人影も
まばらな常磐線××駅上りホームのまんなか辺にあるベンチに深く腰かけ、ぽつねん
とたそがれていた。

「ちちちちちちちち…」

 男の左手首にはめられた腕時計…オメガ製シーマスター・プロフェッショナルのボ
ーイズタイプ…から自動巻き特有の小刻みな機械音がわずかに聞こえる。美しいブル
ーの波状文字盤をなめらかに滑る秒針とは対象的にどっしりと構えている時針および
分針はそれぞれ50と13の位置を指し示していた。


 くそ暑い季節だというのにフライトジャケットをきっちり着込んでいるその風変わ
りな男の頭上では、燈火におびきよせられたスジクワガタ…左前脚のフ節を失ったメ
ス…が1匹、ぶおんぶおんと不気味な低音を発して飛んでいる。

 男は心の中でつぶやいた。

「疲労こんぱい。何もかもが嫌だ」

 いま手掛けている作品の構想にゆきづまり、息抜きしようと霞ヶ浦まで遊びにきた
のだが(遊覧船ホワイト・アイリス号に乗ったり、茨城大学農学部のおいしいイチゴ
牛乳を飲んだりと有意義な一日を過ごした)、遊んでいる最中、16年間愛用してき
たボールペンをなくしてしまったのだ。もちろん血まなこで探したが、どこに落とし
たのか皆目見当もつかないため、みつからないまま夜になった。

「ああ、この地によい思い出はないなあ。十数年前、第2志望で受けた第1学郡自然
学類物理学科は落ちてしまうし、今日はボールペン落とすし…落ちてばかりだ」

 ふと横をみるとコカ・コーラの自販機があった。

「そういえば、ジョージアのコマーシャルで、飯島ナントカって女優や優香がくたび
れはてた男達に対して、『ジョージアで一休み』とかいっていたな。あと、頭がチャ
ーリー・ブラウンっぽく禿げててセックスセンスだとかなんとかいう破廉恥なタイト
ルの映画に出ていた映画俳優、名前は確か…何とかビールスだっけ。その親父もやは
り、『ジョージアで安らごう』みたいな事を吹き替えを通じて主張していたし…いま
の俺には息抜きが必要だ。よし、ジョージアコーヒーでも飲んで安らぐぞ(この男、
芸能音痴のようだ。でも優香の事は知っているらしい…)」

 そうつぶやくとすっと立ち上がり、おぼつかない足取りでマンボのステップを踏み
ながら自販機へ向かった。到着し、自販機の前に立った男はぎょっとした。

「何だ、このジョージアマックスコーヒーというのは。安らぎ度マックスだって事な
のか。東京じゃあ全くみかけないコーヒーだな。地域限定品なのか。あと、デザイン
がえらく気持ち悪いな。ジョージアオリジナル缶の柄にとってつけたようなマックス
コーヒーのラベル…中途半端だ。ううむ、MAX COFFEEの文字はおそらく、
StempelSchneidler Bold…いや、ITC Giovanni Bookの54Qツメ…そして、
茶色はC10M90Y20K80。でもって、目立つオレンジ色はM30Y100だな。よし、話のネタに
こいつを買ってみよう」

 この男はDTPオペレータなのか? いや違う…イワタ新聞明朝体と写研の石井本
蘭明朝体をこよなく愛するただのDTPオタクだ。

 DTPを生業にしているわけでもないのに、本が好きだという理由で社団法人日本
印刷技術協会のDTP資格を取得したり、印刷物の文字をみて、それが何の書体でサ
イズはいくつなのかをかなりの確率で言い当ててしまったり、ふと目にとまった色を
四色分解してしまったり、JPEGの事を「ジェイペグ」ではなく「ジョイントフォ
トグラフィックエキスパーツグループ」としか呼ばなかったり、複雑なヘアスタイル
をしている人物の姿が目にとびこむと、その人物の輪郭を頭の中のペンツールを用い
てていねいに切り抜きしてしまう癖があったり…うむ、よくよく考えてみるとオタク
というよりは、何の事はない…ただの変態であった!


 その変態男は下手くそなルンバステップを踏みながら(相当なラテンマニアのよう
だ)ベンチにもどるとさっそく、猛烈な速さでもって缶を振り、いきおいよくプルト
ップをあけると一気にジョージアマックスコーヒーを口に流しこんだ。

「げんげろげろげえ」

 とてつもない甘さにびっくり仰天した男は、口に含んでいたほとんどのジョージア
マックスコーヒーを自分の足下めがけていきおいよく吹き出してしまった。

「おわあ、アメ横の中田商店で3週間前に買ったノーメックス仕様のCWU−36/
Pの裾がマックスだらけになっている。うう、俺の大切なフライトジャケットが…」

 男は右手に持っているジョージアマックスコーヒーの缶を恨めしそうにみつめなが
らさらにつぶやいた。

「いやあ…まいった。缶に渋いウエスタンおじさんの絵なんて描いてあるから、てっ
きり大人向けのコーヒーかと思ったよ。このマックスって…甘さがマックスって意味
だったんだな、おそらく。それにしても…ポッカコーヒーの顔と同様ラフスケッチ風
に描かれた、渋い謎のウエスタンおじさんが手にしているカップになみなみと注がれ
ている黒い液体は果たして、甘〜いジョージアマックスコーヒーなのか。うむ…だと
すると、この人は相当な甘党だな」

 ちり紙とかハンカチとか拭く類いのものを持っていなかった男は、他愛もない事を
考えながらフライトジャケットの裾やリーバイス501に染み込んだキャラメル色の
ジョージアマックスコーヒーが自然に乾いてくれるのを待つよりほかなかった。缶の
中に残ったコーヒーはもったいないので無理してたいらげた。


「ん?」

 なんと、さっきまで頭上を飛んでいたクワガタが、ジョージアマックスコーヒーを
たっぷりしみこませたジャケットの裾に留まっているではないか。

「あっ、このスジクワガタ。俺のジャケットについたコーヒー飲料ジョージアの汁を
うまそうにすすっていやがる」

 何故、ちょっとみただけでこのクワガタが『スジクワガタ』のメスであるとわかっ
たのであろうか。それは…そう! この男…月刊むしの愛読者であり、周囲からクワ
ガタ屋と呼ばれるほどのクワガタマニアなのだ(フジ型ミヤマクワガタの雄が一番の
お気に入りらしい)。

「前脚のフ節がなくなって、翅が全体的に擦り切れているから…おそらく産卵したあ
とだな、こいつ」

 男はしばらく、バンダイ・イノベイティブトイ製のどーもくん抱き枕の愛らしい寝
顔を眺めている時のような優しい目でジョージアマックスコーヒーをすすっている雌
を見守っていた。

「はて? 体の奥底から何だか力が湧いてきたぞ。うおおお、わけがわからないがス
ゲェ元気になってきた。何故だ…そうか、マックスコーヒーのせいか。とてつもなく
甘いものを摂取したおかげで疲れがとれたんだ。1粒3百メートルならぬ、1本50
キロメートルだな…これは。いまならフルマラソンもOKさ」

 そして男は気が付いた。

「そうか。マックスっていうのは甘さがマックスなのではなくて、パワーがマックス
だって事だったのか」

 心の中でこうつぶやいた男の顔は妙にうれしそうだった。〔了〕


2000年7月20日執筆
この物語の9割はフィクション、残りは…謎です。

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